量子コンピュータの現状|6つの方式と、いまどこまで来ているか【第4回】
ここまでの3回で、量子コンピュータがどういう仕組みで動くのかをご紹介してきました。第4回からは、量子コンピュータの現状——いまどこまで来ているのかに話を移します。
先に申し上げておくと、作り方すら、まだ決まっていません。三十年以上研究されていて、六つの方式が並んだままです。
この回は、仕組みの話を知らなくても読めるように書いています。発表をどう読めばよいのか、という話が中心だからです。
まだ、作り方が決まっていません
量子ビットの作り方は、ひとつではありません。いま世界で取り組まれているものを並べると、こうなります。
- 超電導方式:極低温に冷やした電気回路を使う。IBM、Google、富士通など
- 中性原子方式:原子を光のピンセットで並べる。冷凍機が要らず、すでに約1万個の配列ができている
- イオントラップ方式:イオンを電場で閉じ込める。演算の正確さが高い
- 光方式:光そのものを使う。常温で動き、光ファイバで運べる
- シリコン方式:既存の半導体の製造技術を使える
- マヨラナ粒子方式:原理的にノイズに強いとされる。ただし後述のとおり議論の最中
六つあります。三十年以上研究されていて、まだ本命が決まっていないのです。
そしてGoogleは2026年3月、超電導に加えて中性原子方式にも取り組むと発表しました。世界最大級の企業が、一本に絞らずに二本立てにしたということです。Google自身の説明では、超電導は回路を深くしやすく、中性原子は数を増やしやすい。得意な方向が違うので、両方やるのだそうです。それだけ、どれが本命かわからない。
方式が決まらないというのは、お金を出す側にとっては重い話です。どれが正解かわからないまま、十年以上お金を出し続けることになります。そう考えると、この分野に取り組む難しさが少し想像できます。
「できた」と「それは普通のパソコンでもできた」の応酬
この分野を理解するのに、いちばん大事なことをお伝えします。
量子コンピュータの歴史は、「できた」という発表と、「それは普通のコンピュータでもできた」という反論の応酬の歴史でもあります。
例を三つ挙げます。
2019年。Googleが「スーパーコンピュータで1万年かかる計算を200秒で解いた」と発表しました。ところが、その発表とほぼ同時にIBMが「工夫すれば2日半でできる。しかも精度ははるかに高い」と反論。そして2022年、別の研究チームが実際に普通のコンピュータで解いてしまいました。使ったのはGPUを512個つないだ計算機で、かかった時間は15時間です。このときの科学誌『Science』の見出しは「結局、普通のコンピュータがGoogleの量子コンピュータに勝てる」でした。
2023年。IBMが「誤り訂正の前の段階でも、量子コンピュータが役に立つ証拠だ」とする成果を発表しました。数週間のうちに、複数の研究チームが同じ結果を普通のコンピュータで再現しました。そのうちのひとつは、ノートパソコンの1コアで動きました。量子の実機より、桁違いに速かったと報告されています。
2025年3月。D-Wave社が科学誌に成果を発表すると、数日のうちに二つの研究機関から「普通のコンピュータで再現できる」という論文が出ました。D-Wave社はそれにさらに反論しています。
誤解のないように申し添えます。これは不正でも失敗でもありません。科学が正常に働いている姿です。発表があり、検証があり、議論がある。そうやって確かなことが積み上がっていきます。
ただ、ニュースの見出しだけを読むと、その後半分が見えません。「量子コンピュータがスパコンに勝った」という記事は大きく出ますが、数週間後の「普通のパソコンで再現された」という記事は、まず届きません。
発表されたことと、確かめられたこと
もうひとつ、はっきりした例があります。
2025年2月、Microsoftが「世界初のトポロジカル量子ビットを載せたプロセッサ」を発表しました。先ほどの六つの方式のうち、マヨラナ粒子方式にあたるものです。
ところが、同じ時期に科学誌『Nature』に載った論文とあわせて公開された査読の記録に、編集部がこう書き残しています。「本原稿の結果は、報告されたデバイスの中にマヨラナ・ゼロモードが存在する証拠を示すものではない」。
つまり、会社の発表は「できた」と言い、同じ時期の論文の掲載誌の編集部は「その証拠にはなっていない」と書いたのです。複数の物理学者から異論が出ており、決着はついていません。
異論は、名前を出して語られています。サセックス大学のヘンジンガー氏は「査読済みの論文には、トポロジカル量子ビットの証明は一切含まれていないと明確に書かれている。しかしプレスリリースは違うことを言っている。学術界では、これは絶対にやってはいけないことです」と述べています。この分野では2018年にも、マヨラナ粒子の証拠を主張した研究が、データの問題を指摘されて撤回されています。
数字も見ておきます。Microsoftのプレスリリースが述べているのは、「100万個を載せる設計のチップに、8個を載せた」ということです。ただし、批判したヘンジンガー氏自身がこうも言っています。「ほとんどの政府は、リスクが高すぎて費用もかさむため、こうした研究に資金を提供しようとしない。だからこそ、Microsoftが参入してくれるのは非常に喜ばしい」。研究そのものではなく、発表の仕方への異論です。
この分野では、企業の発表と、科学的に確かめられたことの間に、しばしば隔たりがあります。これは私たちの印象ではなく、Nature編集部自身が書き残した事実です。
なお、その少し前の2024年12月に、Googleが発表した誤り訂正の成果は『Nature』の査読を通っています。すべての発表が怪しいという話ではありません。査読を通ったものと、会社が発表しただけのものを、読み分ける必要があるということです。
日本は、どこまで来ているのか
海外の大企業の話ばかりが目につきますが、日本の状況もご紹介しておきます。
2026年3月26日、理化学研究所と大阪大学は144量子ビットの国産機「叡-Ⅱ(えいツー)」の運用を始めました。2023年に公開された64量子ビットの初号機「叡」の後継機です。
この叡-Ⅱを手がけた理化学研究所 量子コンピュータ研究センターのセンター長は、中村泰信氏です。第1回でご紹介した、1999年にNECで世界初の量子ビットを作った方です。基礎研究からいまの実機まで、人でもつながっています。
富士通と理化学研究所は2025年4月に256量子ビットの機械を開発し、外部への提供を始めました。富士通は2026年9月、光でつなぐ新しい方式の試作機も発表しています。
先ほどの六つの方式を見ると、日本の組織はそのうち五つに名前が出てきます。国のムーンショット目標6には、超電導(産業技術総合研究所)、中性原子(自然科学研究機構)、イオントラップ(沖縄科学技術大学院大学)、光(東京大学)、シリコン(理化学研究所)の研究プロジェクトが並んでいます。企業では富士通が超電導、NTTほかが光、日立製作所がシリコンです。無いのは、いま議論の最中のマヨラナ粒子方式だけです。
このムーンショット目標6を束ねるプログラムディレクターは、大阪大学 量子情報・量子生命研究センターの北川勝浩センター長です。先ほどの叡-Ⅱを理化学研究所と一緒に動かしている、その大阪大学です。
いつ実用化されるのか
よく聞かれる質問だと思います。答えは「わかりません」です。ただ、どれくらいわからないかは、お伝えできます。
- IBMは、大規模で誤りに強い機械の実現目標として2029年を掲げています。Googleも、超電導方式で「商用に意味のある」機械が2020年代の終わりまでに使えるようになるとしています(どちらも目標であって、確定した予定ではありません)
- 日本政府は、暗号の切り替えの目処を2035年としています
- 国の研究目標「ムーンショット」では、誤りに強い汎用の(何にでも使える)量子コンピュータの実現を2050年としています。その手前に、2030年までに「小規模または部分的に誤りに強い量子コンピュータ」を、という中間の目標も置かれています
- そして、「そもそも実現しない」とする物理学者の反対論もあります(2018年の記事。著者自身が「ごく少数派」と書いています)
2029年から2050年、そして「来ない」まで。これが、いまの見通しの幅です。
予測がどれだけ当てにならないか、わかりやすい出来事があります。半導体大手NVIDIAのフアン最高経営責任者は、2025年1月に「本当に役に立つ量子コンピュータは、15年では早すぎ、30年では遅すぎる。20年なら多くの人が納得する」と述べました。ところが2か月後の3月、自社のイベントでこの見方を撤回します。そのときの本人の言葉が残っています。
「企業の最高経営責任者が、自分がなぜ間違っていたかを説明してもらうために、全員を招待した。史上初のイベントです」
業界の第一人者ですら、2か月で見方が変わります。「何年に実用化」と書いてある記事は、そのつもりで読んでください。
量子コンピュータの現状、まとめ(第4回)
- 作り方は六通りあり、まだ本命が決まっていません。Googleでさえ二本立てにしています。
- 「できた」という発表と「普通のパソコンでもできた」という反論の応酬が続いています。見出しだけでは後半分が見えません。
- 会社の発表と、確かめられたことは違います。Nature編集部が「証拠にはなっていない」と書き残した例があります。
- 日本も動いています。2026年3月、理研と大阪大学は144量子ビットの国産機を動かし始めました。六つの方式のうち四つに、日本の組織の名前が出てきます。
- 実用化の見通しは2029年から2050年、そして「来ない」まで。NVIDIAの最高経営責任者は2か月で見方を撤回しました。
次回は、結局、何の分野で使えるのかをご紹介します。
本稿は執筆時点(2026年9月)の情報です。この分野は動きが速く、内容は変わっていきます。下記の出典元で最新の情報をご確認ください。
参考・出典
- 内閣府「ムーンショット目標6」(2050年の目標と2030年の中間目標、研究開発プロジェクト一覧、PDは北川勝浩氏)
https://www8.cao.go.jp/cstp/moonshot/sub6.html - 理化学研究所「量子コンピュータ『叡-Ⅱ』の運用開始」2026年3月26日
https://www.riken.jp/pr/news/2026/20260326_1/index.html - 大阪大学 量子情報・量子生命研究センター(同上)
https://qiqb.osaka-u.ac.jp/newstopics/pr20260326 - 理化学研究所「世界最大級の256量子ビットの超伝導量子コンピュータを開発」2025年4月22日
https://www.riken.jp/pr/news/2025/20250422_1/index.html - Google「Building superconducting and neutral atom quantum computers」2026年3月24日(中性原子方式への拡大。超電導方式は「2020年代の終わりまでに商用に意味のあるものになる」との見通し)
https://blog.google/innovation-and-ai/technology/research/neutral-atom-quantum-computers/ - IBM「On quantum supremacy」(2019年のGoogleの発表への反論)
https://www.ibm.com/quantum/blog/on-quantum-supremacy - Science「Ordinary computers can beat Google’s quantum computer after all」
https://www.science.org/content/article/ordinary-computers-can-beat-google-s-quantum-computer-after-all - Science「Debate erupts around Microsoft’s blockbuster quantum computing claims」
https://www.science.org/content/article/debate-erupts-around-microsoft-s-blockbuster-quantum-computing-claims - Physics World「Experts weigh in on Microsoft’s topological qubit claim」
https://physicsworld.com/a/experts-weigh-in-on-microsofts-topological-qubit-claim/ - CNBC「Quantum stocks plunge after Nvidia’s Huang says the computers are 15 to 30 years away」2025年1月8日
https://www.cnbc.com/2025/01/08/quantum-stocks-like-rigetti-plunge-after-nvidias-huang-says-the-computers-are-15-to-30-years-away.html - CNBC「Nvidia CEO Huang says was wrong about timeline for quantum computing」2025年3月20日
https://www.cnbc.com/2025/03/20/nvidia-ceo-huang-says-was-wrong-about-timeline-for-quantum-computing.html - IEEE Spectrum「The Case Against Quantum Computing」(実現への反対論)
https://spectrum.ieee.org/the-case-against-quantum-computing - IBM Quantum「Hardware」(耐障害性の機械 Starling を2029年の稼働目標として開発中)
https://www.ibm.com/quantum/hardware
このシリーズの記事
- 第1回 量子コンピュータとは?「矢印」でわかる仕組みの基本
- 第2回 量子コンピュータはなぜ速いのか?打ち消し合いという仕掛け
- 第3回 量子コンピュータのよくある誤解3つ|もつれ・冷却・量子ビット数
- 第4回 量子コンピュータの現状|6つの方式と、いまどこまで来ているか(この記事)
- 第5回 量子コンピュータの用途|何に使える?本命は分子と材料
- 第6回 量子コンピュータと暗号|2035年に何が変わるのか
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