東日本大震災を知る③|「くしの歯作戦」と建設業が支えたインフラ復旧
「東日本大震災を知る」シリーズ第3回です。第2回では発災直後の救助活動と「釜石の奇跡」が示す避難の教訓をご紹介しました。今回は、寸断された道路をどう繋いだのか、そして被災地の復旧・復興を支えた建設業の役割をご紹介します。石名坂も土木工事・砕石販売を営む一社として、この分野を身近な視点でお伝えします。
「くしの歯作戦」— 発災翌日から始まった道路啓開
震災直後、沿岸部の道路はがれきや土砂で寸断され、救助・救援活動そのものが困難な状態でした。そこで国土交通省東北地方整備局が県職員・陸上自衛隊・警察・地元建設会社とともに実行したのが「くしの歯作戦」です。負傷者の命を救い、被災者に緊急物資を届けるルートを確保することを目的に、発災翌日から作業が始まりました。
作戦は2つのステップで進められました。第1ステップで東北自動車道・国道4号という南北の「縦軸」を確保し、第2ステップでそこから三陸沿岸の各都市へ向かう「横軸」ルートを、くしの歯のように次々と切り開いていきました。3月12日には11ルート、14日には14ルート、15日には15ルートが開通し、3月18日までには国道45号などを含め97%の道路が通行可能になっています。(出典: 東日本大震災メモリアル「くしの歯作戦」)
この啓開作業には、地元の建設会社ががれきの中を重機で切り開きながら加わっていました。「一人でも多くの命を助けるために」という使命感のもと、県職員・自衛隊とともに作業にあたった記録が残されています。道路が1本開通するたびに、救急車・警察・自衛隊の緊急車両が通行できるようになり、医療チームの投入や支援物資の輸送につながっていきました。
砕石・骨材の需給逼迫 — 資材が足りない現場
道路啓開のあと本格化したのが、大量のがれき処理と、住宅・港湾・防潮堤などの復旧・復興工事です。工事量の急増により、岩手・宮城・福島の被災3県では建設資材の調達が追いつかず、現場の作業効率が下がる事態も起きました。特に骨材(砕石・砂利)の需要は逼迫し、県内の砕石業者の多くがダンプ不足に直面、県外からの応援に頼らざるを得ない状況が続きました。輸送費・燃料費の上昇を受けて、価格改定に踏み切る業者も出ています。岩手県沿岸部では、復興道路や漁港関連工事を中心に旺盛な資材需要が続いたと記録されています。(出典: 経済調査会「東日本大震災 災害復旧資材供給情報」)
こうした状況を受け、岩手県は復旧・復興事業について、遠方から資材を調達する際の運搬費を補正する「復興係数」の設定など、特例的な支援策を講じています。(出典: 岩手県「東日本大震災特例等」)
10年かけて全線開通した「復興道路」
震災を機に整備が進められたのが、仙台市から八戸市までを結ぶ「三陸沿岸道路」(全長約359km)です。三陸沿岸道路(仙台〜宮古)・三陸北縦貫道路(宮古〜久慈)・八戸久慈自動車道(久慈〜八戸)の3つの区間からなり、「復興道路・復興支援道路」と呼ばれる全長570kmの道路網の中核をなしています。当初は令和2年度内の全線開通を目指していましたが、岩手県北部のトンネル工事が難航し、令和3年(2021年)12月18日に全線開通しました。震災発生から10年9か月をかけての完成です。
全線開通により、仙台〜八戸間の所要時間は震災前と比べて約3時間10分短縮されました。釜石自動車道・宮古盛岡横断道路とあわせて、岩手県内の新たな高規格道路網の縦軸・横軸として、沿岸と内陸を結ぶ物流・救急搬送の要になっています。(出典: 国土交通省東北地方整備局「復興道路・復興支援道路」)

インフラ復旧と建設業の役割
くしの歯作戦から復興道路の全線開通まで、一貫して現場を支えてきたのは地元建設業者の重機・人手・資材です。がれき撤去、道路啓開、盛土・砕石の供給、そして10年にわたる復興道路の建設。いずれも、発災直後から地道に現場に入り続けた建設業があってこそ実現したものです。石名坂も盛岡を拠点に、内陸から沿岸への資材供給や工事に携わる中で、この分野の重みを実感してきました。
まとめ
震災翌日から始まった「くしの歯作戦」による道路啓開、資材不足に直面しながら進められた復旧工事、そして10年9か月をかけて全線開通した復興道路。東日本大震災からのインフラ復旧は、地元建設業者の力を抜きには語れません。次回は、住まいとまちそのものをどう再建したのか、高台移転や防潮堤整備といった復興まちづくりの取り組みをご紹介します。
※本稿は公開されている資料・記録をもとに構成した時点情報です。
参考・出典


